出来事を「こと」として読み解く

なぜ全体は部分の和ではないのか

なぜ全体は部分の和ではないのか

導入

家庭のインターネットやPCの性能は、個々の部品のスペックを足し合わせても、思ったほど上がりません。たとえば、1Gbpsの光回線に契約し、最新ルータを導入したのに、スマホやノートPCでは100〜200Mbps程度しか出ず、動画が途切れることがある—そんな経験は多くの人がしています。PCでも、ハイエンドCPUに買い替えても、写真の読み込みやゲームのロードがあまり速くならないことがあります。

この「足し算をしたのに速くならない」現象には、流れを止める場所、信号が弱まる場面、そして自動で抑え込む仕組みが関わっています。

直感的な理解

私たちは「高性能な部品を足し込めば、その分だけ全体が速く・強く・良くなる」と考えがちです。回線速度+ルータ速度+端末性能=体感速度、スピーカーを増やせば音量が倍、CPUコアを増やせば処理が倍—そんな足し算の直感です。買い物のカートにハイスペックを積み上げれば、体験も一直線に良くなる、と信じたくなります。

実際に起きている「こと」

全体の性能は「流れ」と「相互作用」で決まります。直列につながる区間のスループットは、最も遅い区間が支配します。一本のホースに細い継ぎ目があれば、そこが水量を決めてしまうのと同じで、ネットでは宅内配線、無線区間、端末の入出力、クラウド側のサーバ—どこか一箇所が遅いと、そこが全体のボトルネックになります。

無線では距離や壁、近所の電波とぶつかる干渉によって、信号が弱まります。弱まると誤りが増え、再送が必要になり、実効速度はさらに下がります。これが減衰による遠回りです。たとえルータが最新でも、スマホが離れていたり、電子レンジの近くだったりすると、数字は伸びません。

さらに、通信は「混んできた」「失敗が増えた」を検出すると、自動的に送信レートを下げる仕組みが働きます。たとえば、インターネットで広く使われるTCPは、パケットの遅れや欠落を「混雑のサイン」とみなし、送る速さを控えめにする負のフィードバックをかけます。これはネット全体を守るための賢い仕組みですが、個々の区間を少し改善しても、全体の混み具合や失敗率が変わらなければ、体感速度は飽和しやすく、足し算にはなりません。

PCでも似ています。CPUを速くしても、ストレージが遅ければ読み込みが律速ですし、メモリが追いつかなければ待ち時間が増えます。負荷が高まると発熱が増え、温度が上がりすぎると、サーマル制御(これも負のフィードバック)が働いてクロックを下げます。せっかくの性能が熱によって減衰し、結果として「最も遅いもの」が体験を決めます。

また、複数の信号や機能を重ねると、タイミングのズレや位相の違いで互いに打ち消し合うことがあります。スピーカーを増やしても配置や向きが悪いと、低音が薄く感じるのは、音の相互作用による減衰の一例です。

この「こと」を、構造タグで見直すと次の通りです。

  • 減衰(decay):距離や壁、電波の干渉、熱などによって信号や性能が弱まり、再送や待ちが増えることで、実効の速さが徐々に落ちます。

  • フィードバック(feedback):混雑やエラーを検出すると、通信は自動的に送信レートを下げ、PCは温度上昇でクロックを下げます。結果が原因に戻り、振る舞いを抑える負のフィードバックが働きます。

  • ボトルネック(bottleneck):直列の流れでは、最も遅い区間(宅内配線、無線、ストレージなど)が全体のスループットを決めます。足し算ではなく、最小値で決まります。

なぜ誤解しやすいか

人は直線的な足し算モデルで考えるのが楽ですし、カタログ値やスペック表は単独条件での最大値を並べます。日常の体験で、相互作用や最小値支配は見えにくいのです。ボトルネックは隠れた区間に潜みます。混雑や損失を検知して自動調整するフィードバックは、裏側で勝手に働くため、原因を直接観測しにくい。さらに、減衰や干渉は場所や時間で揺らぎ、夜は速いのに昼は遅い、部屋の端だけ遅い—という不均一が「足せば増える」という期待を裏切ります。

他分野での同型例

  • 音響システム:スピーカーを複数置いても、位相がずれると合成音が打ち消し合い、音量は単純に倍になりません。ハウリング(キーンという鳴き)を防ぐには、アンプのゲインを下げるフィードバックが必要で、結果として最も狭い帯域や最も弱いリンクが音質のボトルネックになります。

  • 都市交通:車線を増やしても、料金所や合流部がボトルネックで流量が決まります。渋滞が始まると、前の車の減速を見て次の車がさらに減速する—という連鎖のフィードバックで波状渋滞が広がり、道路の実効容量が減衰します。迂回路を足しても、合流が混むと全体は良くならないのです。

一言要約

部品の性能の足し算ではなく、減衰・フィードバック・ボトルネックという関係が全体の体験を支配します。速さや良さは、足し算よりも「最も遅いもの」「弱まるところ」「自動で抑える仕組み」で決まるのです。